2日目、日中はホワイトホース市内観光だった。その後、ロッジに戻り 夕食をとって、夜に備えて昼寝することにした。 ウトウトした後、目が醒めて窓先を見ると外は明るい。もう少し仮眠しようかと、 時計を確認すると既に夜20:00を回っている。 白夜雄大なクルガニー山脈に茜色の夕日が映え、 山風が静かに穂を揺らしていた。肌寒い以外は日本の風景と然程変わりはない。 日本に暮らす感覚なら、17:00時くらいの風景だ。驚いて、再び時計を見ると20:35時とあり、 部屋の時計を確認しても間違いはなさそうだった。 ここ、ホワイトホースの4月は 夜20:00 時を過ぎても明るい。いわゆる、日が落ちない「白夜」に入りつつある季節であった。 |
この日は雲も無く快晴。オーロラが出現すれば、本体が雲に隠れる心配はないだろう。 まずは第一段階クリアである。あとは、オーロラの光度が高くなる事を祈るのみだ。 日が暮れないうちに三脚台とカメラをセッティングするために屋外に出てみた。 空気が澄んで気持ち良かった。 なんとなく、何か起こりそうな予感を感じる。 |
『ワオォォォーーーーーーーン』 突然の咆哮。ビクッ・・・!獣の雄叫びに 思わず竦み上がってしまう。たぶん、森林を彷徨う 狼か野犬であろう。このロッジ周辺でも獣か 何者かの遠吠えがよく響いていた。 彼是とセッティングしながら 夜を待つ。結局、完全に日が落ちて 周囲が真っ暗に成ったのは22:00近くだった。空気も冷たく、ヒンヤリとした 流気が頬を駆け抜けていく。 この時点でカメラのアングルをクルガニー山脈方向に合わせ、試し撮りを 2〜3枚行ってみた。 ・ISO値:1600。 ・シャッタースピード:5秒 ・F値:3.5 |
目視では、あいかわらず白い雲の様な筋紋様にしか見えない。 ISO値を上げないと本体か雲か判別不能なレベルだ。 しかし夜は長い。これから更に待って、2波〜5波で 活動的なオーロラが現れることを期待するよりほか無い。 深夜帯にかけて、その活動のエネルギーを大きくする オーロラは、日付けが変更した頃から先の時間帯が、観察の 勝負になる。 「今夜こそは乱舞する光源を生で見たい!」 |
第2波の光度も薄い。こちらは23:30くらいに出現。山脈の稜線に掛かる 細長い形態で、横たわったまま 動態的変化はほとんどない。 ・ISO値:800 ・シャッタースピード:8秒 ・F値:3.5 それもまた一興。と、 ふらふらと森林に入って樹木と対比したアングルのオーロラ写真を撮っていた。 ああ、なかなかロマンチックな絵柄じゃないかぁ、と独り耽っていると、 |
その時は突然きた。 暗天に乱舞する光源 |
オーロラの発色は、帯電した太陽風が地球表面を覆う大気中の原子に衝突する 時に決まる。この際、酸素と衝突する 場合は赤や緑で発光し、窒素と衝突する場合は青やピンクに発光する。さらに、荷電した粒子の エネルギーの度合いでも色彩が変化してくる。つまり、エネルギーが高くなるにつれ、緑から 青、さらにピンク色になる。 第3波が来た時間は24:30を少し回った頃だった。 この時のオーロラは、本体の下端部がピンク色に染まっていた。 高エネルギーを帯びた個体であるのは 一目瞭然だった。 そして、これがカナダ渡航後に 初めてハッキリと肉眼でオーロラを捉えた瞬間でもあった。もう この瞬間に狂喜狂乱。 さらに、ただ激しく光るだけでなく、南寄りに位置していた私の すぐ近くまで高速で移動して、頭上でウネウネと活発に動き出したのだ。 予備知識がなければ、恐怖を憶えるレベルだ。 下記の2枚画像のうち、左は普段のオーロラが停滞していた位置。いつもは山稜頂に掛かり 発色も薄く筋紋様程度の控めな状態だったが、今回 の第3波を模した図が右になるのだが、対比すると大きさは桁違いである。 |
まぶしいほど 煌々と輝いていた。 よく、TVゲームや映画等で見る機会があるが、夜間サーチライトを照らしながらヘリコプターが 頭上を飛ぶと、周辺が一瞬明るくなる情景がある。この時のオーロラは、正に そんな感じだった。光度が異常に高かった第3波が頭上まで 襲来したとき、その激しい動きにあわせて草木に映えた影までもがワナワナと立体的に 踊った。 第3波の具体的な 経緯はこうだ。ボーっと、山脈を眺めていると 山々の頂点を結んだ線、いわゆる稜線沿いに肉眼のオーロラが確認できた。 何かいつもと違う、と思った。 カメラを構えるのも束の間、次第にそれは膨張して何倍にも太く大きく発達していった。細長い カーテン形態は、 所々凸凹状態を含み歪な姿に変身していく。 ほんの1〜2分間の出来事だった。ちょうど、ピンっと張った 紐を緩ませると、たわみを生じて蛇行した線に変形する様に似ている。 その後、せり出した凸部の一つが 渦を巻くような動きを伴い、急速に回転し、遂にその部分だけ分離したのだ。 その分離した一部は球体となって、今度は猛スピードでコチラ面前に迫ってきた。 本体ごと一体で移動するのではなく、 凸部分だけ独立してポンっと別の生き物みたいに勝手に動いてやって来たのだ。 |
それが急速に頭上まで迫り、更に煌々と輝き出す。私の立ち位置から見上げると、およそ仰角75°くらい 。ここまでの経過時間、わずか5分程度。 辺りは雷の閃光の如く、時に一瞬明るく、そして暗くなり、 また一瞬明るくなる。この繰り返しで、天上は地面さえ照らす光明を実現していた。 初日から今まで、遥か彼方に横たわり動的変化が殆ど無い個体ばかりだった分、 この瞬間の、光帯が迫り来くる情景を体験してみると、それは正に『襲来』という表現が相応しい ような迫力だった。これには、思わず声が漏れてしまう。 「おー、すげー!」 |
燭竜紀元前5世紀頃に書かれた中国の歴史書「山海経(せいがいきょう)」にオーロラと 推測される記述が存在する。 その名を『燭竜』と呼んだ。 〜(体は蛇、頭は人、色は赤、長さ千里。目を閉じれば暗黒に、 目を開ければ辺りが明るくなる。そのものは食べず、眠らず、空にこれが増えれば雨風が吹き荒れる)〜 |
頭上でクネクネと動き激しく光っては、暴れ出す。 とぐろを巻いた竜が、背骨を伸ばしたり反ったりと爬虫類的な獣臭い 動作でコチラにやって来る。鱗を逆立てたカクカクした肢体で、大胆に、そして無頼に 天を駆ける。暗天を這う動きは、のたうち回る竜そのもの。『燭竜』 とは、なかなか言い得て妙だ。 私事の感想だが、形態はラーメンどんぶりの縁に描かれる中華ロゴにソックリだと感じた。 謎の多いオーロラであるが、 近年までの研究で、発生の理論的メカニズムから 発色の違いまで発見が進み、そして更に、形状分類でも公式に区分され 学術的名称までが付けられるに至っている。 1960年の国際地球電磁気学・超高層大気物理協会が提唱するオーロラ形態区分によれば、 まずは大きく2つに分類される。つまり、(ディスクリート型)と(ディフューズ型)である。 (ディスクリート型:discreat) 空と本体の境界がハッキリとしているオーロラ。 形としてしっかり成り立っており、光度も強い。 エネルギーが強く、荷電した粒子の数はディフューズ型に比べ数桁近くも多いと定義される。 このディスクリート型の中でさらに、アーク、バンド、渦状、サージ、コロナ型と細分される。  ・アーク:いわゆる弧状型である。  ・バンド:ひだの様に曲がりくねる。  ・渦状:アーク状がさらに活発になり、渦を巻く。その回転方向と大きさ、 持続時間などから、カール、フォールド、スパイラルと小別される。 一般に高エネルギー状態だと時計回りの右回転、過渡期を過ぎると左回転に転じると云われている。 南半球では逆に現象する。  ・サージ:西向き伝搬サージ。発生と同時に西方向に 秒速数キロメートルという超速度で移動するオーロラ。 |
(ディフューズ型:deffuse) ぼんやりとしたオーロラ。 個体自体のエネルギーも低い。そのため、活動的なオーロラが観察できる極北地方よりも 、より低緯度寄りの地区で発生する確率が高い。 |
今回、2日目第3波オーロラは、学術的区分でもアーク型〜渦巻型くらいまの、 高位のエネルギーを帯びたものだった。その輝きを、驚きに満ちた心情で見上げていると、突然全く別方向に 新たなオーロラが輝きだした。向かって右側、つまり東方向、ロッジを超えた森林の裂け目付近に 塊状の大型オーロラが出現した。 |
あらぬ方向に突然出現したオーロラに すっかり驚いて、カメラアングルをロッジ方向に向けていると、 今度は、再び北の山脈方向から手前近くで強烈に輝くオーロラ体が出現した。 この時の2枚に重なった状態のオーロラが、2日目で一番光度が高いものになる。 下記画像の2枚がそれになる。 どうやら、観察者の位置は現在、 あちらこちらで激しいオーロラが発光する 場所になっているらしい。 カメラのSDカードに撮影時間が秒単位まで記録されている。それによれば、 動的変化が始まってからここまで 時間、およそ10分程度でしかない。 長い待機時間に比べれば、この発光現象がいかに急速であったかお判り頂けるだろう。 |
オーロラの区分は、先に示したディスクリート型に含まれる形状的区分ほか、空間的広がり による区分も存在する。現在、国際地球電磁気学・超高層大気物理協会が提唱するには、 3種類定義されており、其々(多重)(切れ切れ)(放射状)と呼ばれている。 ・(多重):アーク、バンド、パッチなどが2つ以上同時に発生する。 ・(切れ切れ):アークやバンドが切れ切れの状態。 ・(放射状):磁線の流れに沿った薄い線条構造のオーロラをrayと呼んでいるが、このrayが 磁気天頂を中心に扇形または放射状に広がった状態。 |
今回の二重オーロラは、多重型か、もしくは渦状型の亜種オーロラだろう。 シャッターを切るたびに、造形が変わってしまうくらいに動きが活発だ。そして、 頭上で一通り暴れ回ったあと一瞬で、そう「一瞬」にして本体が消えた。 |
プリンやゼリーを地面に叩き付けた時、グチャグチャに飛散る様な感じ で広範囲に分散したあと、光塊は消えてなくなった。 「これが・・・オーロラか・・・」 溜息しか出なかった。遥か彼方の山脈の稜線に横たわり、 遠視できる位置にあったオーロラが頭上で激しく 畝って(うねって)消えて無くなるまで時間、 およそ20分間。 天空の大パノラマショーは音も無く、風も無く、それでいて大胆に 粛々と進行した。息を飲むような瞬間の連続だった。さすがに、この日の夜は興奮して 寝むれなかったのを憶えている。 |
この時のオーロラは相当光度が高かったので、 持参した予備のコンデジでも撮影できた。 慌てて撮影した結果のオートモードだったので、ISOは400〜800程度の、 露出もせいぜい1秒程度だっただろう。 上記の暗い画像2枚がコンデジ撮影のもの。 一応、動画撮影も試みたところ、渦状の光を捉える事にも成功していた。 当頁を御覧の方は、部屋の明かりを消して 視聴して頂くと、おぼろげながらその全体像を掴めると思う。 オーロラ爆発『オーロラ爆発』という言葉がある。英名でオーロラ・ブレイクアップと呼ばれている。 文字通り、オーロラが爆発するような動きで、それに伴い光度が異常に上がる現象をいう。 科学者の間ではオーロラの光度をR(レイリー:Rayleigh)で示すのだが、 通常のオーロラは数キロ〜数十キロRのところ、このオーロラ爆発時には100キロR以上の 数値を叩き出す。 1つの指標として、天の川が1キロR程度であると云われているので、 ブレイクアップ現象は極端に明るい オーロラであるといえる。この2日目第3波のオーロラは、もしやこのオーロラ爆発ではないかと思ったが、翌日、管理人に 問いてみたところ、 『昨日はブレイクアップではありませんねぇ・・・爆発の時はもっと強烈に輝きます』 との、事であった。ブレイクアップ 発生の機序は不明な部分が多いが、その目撃例から専門家が推測するには次の通りになる 。まず、東西に長く延びるカーテン形態のオーロラが、時間と共に 低緯度に移動してくる。その途中で、突然動きが激しくなり光度が極端に上がる。 激しい動きに伴い、部分部分に渦型の突起を形成。それがさらに 巻きを増し回転し始める。この状態をサージと呼び、これが西方向に高速で移動し始める。これが「西向き伝搬サージ」 だ。 相当に速いスピードで移動するオーロラであり、その速さは少なくとも秒速数キロメートルと見積もられており、 目の前の現象としてアッという間、ほんの数分間程度しか見ることの出来ない。 サージオーロラが過ぎ去った 後は、所々に脈動オーロラと呼ばれる光度の弱いオーロラがチカチカ点滅して、周囲は 余韻を残す程度に落着いていくという。 こうしてみると、「爆発」して消えてなくなるというよりは、光弾を放ちながら高速で 移動していく尾の付いた彗星 の様な感じなのかもしれない。それが、惑星よりは距離的により地表に近接しており、また光度も高い為に、全天 を覆いつくすようなビジョンで見えて、結果として爆発したような風情で映るのかもしれない。 |
やはり私としては、遠い異国に来たからには最終的に このオーロラ爆発を見てみたかった。 人の渇望とは底が無い。日本国内に居た時は、オーロラさえ見ればいいや、 という御気楽気分だったが、2日目に綺麗な緑色オーロラを見れたことで、 欲望はより高みに乗じてしまった。 その後、午前4時近くまで粘って みたが、結局、ブレイクアップ現象をこの目で見ることは叶わなかった。 夜明けを迎え2日目が終了。もう、 最終日の3日目に賭けるしかない。そんな風に思いを巡らせながら、この日は興奮と不安の入り交じった気分で床に着いた。 |
「たのむ、オレに奇跡を見せてくれ!オーロラ爆発を見せてくれ!」 |
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