翌日、管理人の運転する車で市内観光をすることになった。時は4月、 この季節は雪が溶けて無くなり屋外レジャーが行えないので、 昼間の暇潰しは大変になる。数km四方の 小さな町なので主だった観光地やシンボルもなく、やるとこといったら 簡単な市内の説明と、その後に土産屋に寄る程度に落着いてしまう。車内で男は喋りだした。 『ホワイトホースはユーコン準州の州都になります。州全体の人口は3万弱。 そのうち、約半数以上がこの街に集中しています。 比較的行政もしっかりして学校や大病院もあり、道路やインフラ整備も行き届いています。歴史的に もともとは、近隣のドーソン・シティで鉱物が産出され、そこへの中継地として開けた のが始まりです』 「ホワイトホース、白い馬ですよね。街の名前の由来について教えてください」 『街はユーコン川を遡上するルートから発展してきました。 この町から更にドーソン・シティ方面、つまり川下に向かうと 渓谷が出現します。その屹立した岩肌から流れ落ちる滝の様相、水飛沫や流れが白馬の尾のように 見えた事から きています』 「いいですねえ、ロマンチックじゃないですか!そこ行ってみたいです!」 『現在はダムの底に沈みました』 「ズコー!!」 SSクロンダイク号 |
そのユーコン川に沿って車で走り、降車してまず案内されたのは河川敷にひっそりと 横たわる木造船だった。SSクロンダイク号。この船を囲んで付近一帯が公園として 整備されている。犬を散歩する人々が目に付いた。現地民達の憩いの場らしい。 男は大きな木造船の前でチョッと得意気に話し始めた。 『その昔、ユーコン川を実際に遡上していた船です。どうです、デカいでしょう!?』 「すごく・・・大きいです・・・」 さほど広くない川幅のユーコン川に、 その昔、こんな大型船が遡上したのかと思うとチョッとびっくりする。 後部のスクリュープロペラの巨大さは川底を砕きそうな勢いだ。 |
船は1929年に製造された。現在は使われておらず、陸地に 引揚げられた後、内部は博物館として利用されている。 公園の一画に休憩所を兼ねた小屋があり、ホワイトホース開拓の歴史と、ユーコン川と共に歩んだ SSクロンダイク号の沿革についてを、写真付きボードで説明している。 |
ホワイトパス・トレインデポットSSクロンダイク号から1〜2kmほど北上すると、 ホワイトパス・トレインデポットと呼ばれる建物に辿り着く。 この建物正面から、街の中央部を貫きメインストリートが延びている。この事からも、 敷かれたレールと鉄道が、街の歴史を象徴する遺構であることがわかる。一見すると 西部劇に出てきそうな典型的な丸太小屋という外観である。中身は博物館になっており 、当時の汽車も飾ってある。 その昔は、人や鉱物を乗せて往来したのだろう。 |
現在は、線路が敷かれているものの産業運転はしていない。 街をグルリと巡る程度に、1時間に1本くらいの割合で チンチン電車のようなスピードの観光用電車が走っている。 |
一通り建物を見たあと、男は言った。 『では、一旦帰りますので、ゆっくりと観光をお楽しみください。 1時間くらいで戻ってきます』 「いっ・・・1時間ですか?」 独り行動する段取りになったが、町一つ観光するにしては短時間な配分だ。 驚いて聞き返すと、男はかぶりを振って答えた。 『ええ、そんなもんで十分ですよ。駅前から延びるメインストリートを そのまま歩くと何軒か土産屋があります。更に進むと、通り半分くらいで フォースアベニューと呼ばれる通りと交差します。 この辺りまでが一番の繁華街です。 その辺りくらいまでですね、見る所は。近くに旅行者用の情報センターもありますので 覗いてみても面白いかもしれません』 男と離れて、建物の前から周囲をグルリと見渡してみた。 この町のメインストリートわずか数百メートル、さびれた映画館とバーが5、6軒。 たしかに1〜2時間もあれば、やる事が無くなってしまいそうだ。 人通りも疎らで、寂寞の感は強い。 |
メインストリートをしばらく歩くと、確かに土産屋があった。 通りを挟んで各1軒づつ並ぶ。一般に云われる観光客用の汎用品のほか、 各種雑貨や日常品も扱っているようだ。 (PARADISE ALLEY):ユーコン準州特産の白樺シロップ、ファイヤーウィード(柳欄)、ジャム、鉱石、 ロジャーズチョコレート、トレーナーやプリントTシャツなどロゴ商品多数。 (RAMBLES):ホームキッチン用具や雑貨など。メイプルシロップも有る。 |
入店すると、店主のレディーが満面の笑みで応対する。 『あら、アンタいい男ね。 何か欲しいもんあんの?』 「ウム・・・ジャマさせてもらうおうか」 『アタイが、アンタにピッたしの商品を選んであげる。 見て!これは瀬戸物の下敷き板ね。トーテムポールがイカす柄でしょ〜!?熱いヤカンを乗せるのに丁度いいわ』 「ウム・・・頂こうか」 レディーは続けて、天井に吊るされた謎のオブジェを指差して言った。 『この輪はドリームキャッチャーといって寝室に飾る物なの。何でかわかる?』 「ウム・・・存じ上げないが」 『先住民の風習で、ベッドに吊るすと 悪夢から子供を守ると云われているわ。魔除けの飾りが転じて、夢を叶えるグッズとして定着したの』 「ウム・・・なかなか博識じゃないか」 『鷹の羽や木皮から作られた ハンドメイド品なのよ、イカすでしょ〜!? きっとアンタに似合うわ〜』 「ウム・・・それも頂こうか」 |
今度は手招きしながら店内の一画に誘導する。山積みされた箱商品を見せて、 『ご家族には、メイプル型のクッキーやチョコが喜ばれるわよ』 「ウム・・・それも頂こうか」 |
『何と言っても、カナダに来たからにはメイプルシロップね。これを買わなきゃモグリと 呼ばれるわよ』 「ウッ、ウム・・・それも頂こうか」 『序にスノーボールもいかが? きっとアンタに似合うわ〜』 「ウッ、ウム・・・そっ、それも頂こうか」 |
チン! 『まいどあり〜!』 ユーコン・ビジターセンター |
そのまま、しばらく通りを沿ってみると ユーコン・ビジターセンターが建っていた。入場すると大きなホールがあり、 掲げられたwelcome横断幕に、ひときわ大きな日本語表記「ようこそ」とも書かれて ある。当地を訪れる邦人の多さを証明している。 受付兼案内人の職員が、英語で旅行者にホワイトホース観光について説明していた。小生、 ここは粋にアメリカナイズされた挨拶で親睦を深めようかな、とやや大げさなジェスチャーを 交えてオッサン職員に話掛ける。 「どうだい景気は?親爺っさん」 『what?』 「ああ・・・はわわ、どうも。いやぁ〜オーロラって凄いっすねえ」 『what(お前、何言ってんだよ)?』 「ああ・・・あの、トイレ貸してください」 『廊下を出て突き当りだ』 「あ・・・、どうも」 |
トイレを出ると、木製の鑑賞棚に鉱石が並べられてある。 緑色など明らかにエメラルド系と判るものもあるが、ほとんどは原石のまま陳列され その分野に詳しくないと何の石なのかわからない。この地方の発展が、鉱物を求めた 人々によって成された事実を、これらの陳列物が物語っていた。 |
ランプの点くボードがある。これで、付近の都市との位置関係が わかる仕組みだ。 「う〜ん、ホワイトホースはこれかな?ポチッとな」 ピカピカ! 「フォッフォッフォッフォッ」 タキーニ温泉予定通り、1時間後に指定場所に 男が車で戻ってきた。 『どうも、どうも。楽しめましたか?いや〜、凄い量のお土産ですね』 「・・・フォッフォッフォッフォッ」 袋一杯の土産物を を車に移し、どっこいしょ〜、とばかりに助手席に腰を落とした。市内観光の 最後は、タキーニ温泉という郊外にある天然温泉プールに連れてってくれるようだ。 市街地中心部より、かなり距離がある。 |
所在地的には町から北に5kmくらいの位置だ。男と共に車に乗り込み、 幹線道路を北上していると、車窓から巨大サイズのキャンピングカーが所々に駐車されている のが確認できた。真っ白な車体、典型的な長方形の角ばった外形ライン。 いかにもキャンピングカーといったフォルムだ。大きさは、 日本の市内を走っている循環バスと同程度はあるだろう。 あれを個人が所有し、思う存分エンジンを回転させて北米大陸を縦横無尽に往来しているのだ。 針葉樹森を貫く太い直線路と大型キャンピングカー、それを 収容できるスペースの大型駐車、否、大きな展土空き地。そして、 美しい草花や野生動物と、乾いて澄んだ空気、さらに照りつける太陽。ここに来て『カナディアンロッキー』という、 ようやく北米らしい風景に出会えた気がした。 「なんか、肌が痛いですよね。日焼けした?かな」 『ええ、そうですね。紫外線は日本よりずっと強いですよ』 車を走らせること15分くらいで、車は幹線道路を反れた。砂利道を前進しタキーニ温泉に到着した。 外観は、 仰々しく温泉と云う風情でなく、 大型の民間レジャー施設といった佇まいだ。門前の駐車場に横付けして、男は言った。 『入場すると受付の脇の通路から脱衣所に入れます。着替えて道成りに進むと、 屋外にヒョウタン型のプールがあります。中央で仕切られ、確か・・・右が高温度、左が低温度の浴槽になって います。一時間くらで戻ってきますので、ごゆっくり』 |
さて、施設内に入場し、この日の為に日本で用意した 海水パンツと水中メガネを脱衣所で着替える。ロッカーの鍵とサンダルは 店舗側で無料の貸出ししてくれた。 その後、屋外に出ると管理人に 言われていた通りのヒョウタン型の温水プールがある。浅い所で0.5mくらい、 中央に向かって深くなり最深部は2m程度だろうか。 ジャブジャブ浸かっていると、 多数の現地民が次々と出入りしていく。親子連れ、カップル、一人でくる者と様々で、 人の流動は激しい。 プールの縁に掴まり波に揺られてボーっとしていると、白髪頭で痩身の初老男性が声を掛けてきた。 『Where did you come from?』 「じゃ、じゃぱん」 天を指差し、ジェスチャーでこの旅の目的を伝えた。 「おーろら、おーろら。ビューティフル!」 『Northern light!』 「おー、yeah!」 |
オーロラの英名は(Northern light)という。 白髪頭の男は、身振り手振りで色々と話掛けてきたが、私の拙い英語で返答する様子を 観察した後、暫くして、ダメだコリャと思ったのか、早々に浴槽から出て温泉場を退場して しまった。英検4級保持者の小生では、ネイティブとの会話は難しいようだった。 ここ、タキーニ温泉は山の中に 所在しているので、周りに生活灯が全くない。なので、催行業者が 施設自体を貸切りオーロラ鑑賞の特別 イベント場として使うこともある。 温泉に浸かりながら全天オーロラの輝きを仰ぎ眺めるとは、なかなか貴重な体験になるだろう。 その後、温泉を上がりロビーで待機して いると、約束通り管理人が迎えに来た。車の送迎でロッジに帰る運びになった。 車中で管理人が話し掛けてくる。 『どうでした、楽しめましたか?』 「ええ、まあそれなりに」 『今夜のオーロラは大いに期待できそうですよ』 「何故、そんな事が分かるんです?」 およそ、出るか出ないか、その時になってみないと分からない、ある意味でナマモノのような気まぐれな性質 をもつオーロラを、今夜は見れそうだ、などと言葉に出して言えるものなのだろうか? それとも男のリップサービス、戯言、なのか? 『天気予報があるように、この地方ではオーロラ予報がTVで流れるんですよ』 「へー」 『それによると、今夜は比較的活動が活発のようです。ただ、やはり予報は予報に過ぎません。 活発だと予報が出ても、実際は薄く光る程度の日もあります』 オーロラの発光は、地球の磁場と帯電した太陽風が反応して起こる現象である。 この吹き抜ける太陽風に一定の周期があると云われている。規模でいうと大局と局所の2つの 相場が存在する。 すなわち、「黒点付近の爆発由来 の太陽風」というマクロ的見地のサイクルが一つある。こちらは太陽其の物の 活動の強弱であり、 11年という長い周期のものをいう。もう一つは 「コロナホール由来の太陽風」という比較的短いサイクルのものだ。コロナと呼ばれる 太陽表面から 噴き出る局所的な炎を由来とする、太陽風の強弱をいう。 後者は、太陽の自転25日と地球の公転を 和算し、計27日を1つのサイクルとして試算している。これに、前者の11年サイクルを掛け合わせ、 コンピューターでシュミュレーションし たものを予報として流すのだという。ローカルTV局が地球の 天気予報と共にオーロラ予報として提供する。 もちろん、太陽活動は上記のサイクル以外、突発的でイレギュラーなコロナホールも頻繁に 形成される。例えば、コロナホールが同軸上で2ヵ所記録されると、 25日に2回の強波が訪れる事になる。これに公転周期を掛け合わせると、 地球に降り注ぐ太陽風の予測は、かなり複雑になる。 これら突発的なコロナホールを、日々の太陽表面の観察により事前に早期発見しておく。そして、その 太陽風が地球に到達する前に、タイムリーな予想を立て予報として流すのだという。 |
ロッジに帰ると、夕食を用意してくれていた。 本日は、クラムチャウダーと洋パン、メインはカナダらしくサーモンのボイル焼きだ。 デザートにアイスクリームも添えられている。 地ビールも購入可能。地ビールの味は淡泊で炭酸水を飲んでいるような感じだった。 ビール片手にほろ酔い気分で夜を待つ。オーロラ出現を願って・・・ |