生きてる事が功名か

   マイクロ タクシーは、通りで手を挙げて呼び込めば直ぐ止まってくれるエジプトでは ポピュラーな乗り物の1つだ。 車両ごとにその走行ルートが決まっているので、 ドライバーに行き先を告げ自分の行きたい到着地と合致するなら、 そのまま乗り込み、希望地でなければ見あわせ、素通りして構わない。

   アフラーム通りやファイサル通り なら、直進の大道路なので、殆どギザ駅に向かうようになっている。 しかし、時々アリッシュと呼ばれる 、ほぼ中間地点でUターンする車両もあり、この場合は強制的に降車させられる。 そんな場合は、同方向から後続に車両が次々とやって来るので、同じ様に乗り継ぎをすればいい。 車両数は非常に多いので、まず乗り合わせで困ることはないのだ。



1£TAXI 1£TAXI 1£TAXI


   最前列がドライバー、後部2列が客席という構成になり、 それぞれ4人づつ 搭乗可能なのが、混雑の激しい時はドライバーの隣の空いている2席をも使用する 場合もある。通りは大道路ゆえに客の入れ代わりが激しく、また最大の 搭乗数は10人近くの大混雑を時に呈し、その上、 客層も老若男女漏れずに、である。このため結果、 対人の距離感も否応無く縮まり、 エジプト人の生活局面や雰囲気に直接触れられるような機会にもなる。


山本山


「え〜っと、ギザステーションまで」


   早速乗り込んだ車両には、最前列にすでに地元人が乗っており、 ドライバーはその男と2人で談笑中だ。 後方シートを振り返り、私を目視確認するや、


『ブヒャヒャヒャヒャ、おい、見ろよ変なのが入ってきたぜ!』


   ドライバーは隣の男の肩を叩き、私のナリを注視するよう促する。 隣の男もつられて大爆笑だ。こんな所にノコノコ東洋人が1人で 乗り込んで来ることは滅多にないのだろう。


「ん!?」
『hey!   ユーは   Japaneseか?』
「そうだが、」

『ヤマモトヤ〜マ』

「・・・・は?」
『ダ〜カ〜ラ〜、山・本・山!』
「あっ、はい」


   正直、全く意味不明だ。
何故だろう?エジプト人は相手が日本人だと判れば、まず第一声がこの「山本山」なのである。 そう云えば空港に着いたその日、入国審査、いわば旅先の玄関にもあたる場所である、 其処でも空港職員のオッサンが山本山を連呼していた。こんにちは、ありがとう、 といった日本式の挨拶や礼儀の亜流と、勘違いした位置付けをしているんじゃないか、 そんな風に勘繰りたくなるほどに、先ず最初に、そして 頻繁に彼等の口から出てくる単語、それが「山本山」なのだ。

   通りを見渡せば、車も看板も日本の物で溢れている。トヨタが日産が 三菱が車道を往く。東芝、松下のTVが売れる。その誇らしき ロゴが日本国の代名詞に成ること一片の余地も無く、 まず第一声がこの「山本山」に終始するのだ。



豊田 三菱 東芝 Nationel


   そして、 発声における調音やリズム、ピッチとその音素は日本のそれと寸分の狂いがない。 意図的な、邦人かそれに準じる、の何かしら 人間の操作を感じずにはいられないのだ。一体、全く誰が仕込んだんだ・・・・?



男の山本山連呼に多少辟易しつつも、尋ねる。
「あのう・・・・ですね、ギザ駅まで行きたいのだが・・・・」

『まかせろ!』
どうやら、目的地までは最低限の履行はして頂けるようだ。


   車は走る、景色は変わる、乗客は入れ代わる。そんな間も様々な人間が 様々な話題を私に投げ掛けてくる。だが、濃厚な意思疎通を図れる程には、 悲しいかな語学力は無く、もう面倒臭いので 適当に相槌を打ってやる事にしたのだ。しばらくした後に、 車は駅付近まで来た。 腕時計を見るに20〜30分近くかかった計算にはなるが、通りの渋滞ぶりからすれば 妥当な時間の経過なのだろう。


『そこを線路伝いに行けば、すぐギザステーションだぜ!』


   ドライバーの指差しを交えた懇切丁寧な案内を頂き、 ギザ駅には問題なく辿り着けそうだ。メトロの看板も見え、階段を上り 200〜300メートルくらい歩けば駅構内に入場できるだろう。
   降車後テクテク駅に向かって歩いていると、先程の ドライバーの、hey!山本山、との声が後から響いた。



giza station metro エジプト人はノリがイイ


   何気なく振り返ると、満面の笑みを浮かべたオッサンが 、やや小さく窄めた掌を口元に当て、更にそこから天を仰ぐように開いてみせる仕草を した。いわゆる、投げKiss、のジェスチャーである。


「はうあっ!こッコラよせ、私は完全ノンケだぞ」


   私の慟哭は届いただろうか。そんな事は知った風情ではない、 といった涼しい顔をして男は去っていく。ん?ん!?どうやら、このジェスチャーが実の 意味するところ、全くセクシャルな意図は無く(いや、そう願いたい、)結果オーライ、 じゃあ元気でな!そんな軽いノリのものらしい。


    エジプト人は赤の他人でも様々なジェスチャーや握手、軽い 抱擁などを介し気軽にコミニュケーションを取っている。種類も多く、驚くほどに 表情豊か、そして、どこまでも楽天的で嫌味がない。私、 個人の感じるところ、大陸特有の一種大らかな気質から由来するのも有るのだろう、とも思った。


地下鉄に乗る

   市内の地下鉄は単線が3つ絡むだけの単純な路線図であり 乗車賃は一律1£とあり、特に乗車にあたり迷える要素は無いに等しい。 だが、何でも初めての体験というものは気付かない点や、小さな要素での躓き、 そして不安を抱えてしまうものだ。



train ticket train ticket


   さて、構内に入るところの、先ず切符を買わなければならないだろう。 自販機じはんき〜、と検討つく 限りウロウロと探し歩き廻るうちに、迷った挙句に結局1周して元の位置に戻って来てしまった。 キョロキョロキョロと周囲を詮索する、傍から見るに、 かなり怪しい行動になってしまっていた。そんな私をジッと見詰める男がひとり・・・・

   ん?ん!?目が合ってしまった。やっやや、ヤバイかも。
それにしてもデカい男だ。190cm、いや2m近くあるだろうか。 肌は黒味がより強く、髪の毛は巻き質、体重は100キロは優に超えているだろう。 こんなデカい人間久しぶりに見た気がする。
   エジプト人という範疇でも、日本に比べるなら人種的には多様化しており、 アレキサンドリアなどの地中海沿岸の都市ならばギリシャなどのヨーロッパ色の 強い傾向になったり、もちろん首都カイロならアラブ民族がその大多数を 占めるのだが、より南方に向かうにつれ肌は黒くアフリカ色が強くなり、 総じて体格も大きくなったりするようだ。

   一見してこの大男、どうも南方系の出身ではないか、と思わせる風采である。 無視を決めこんでいた私に、気の無い素振りを示していた私に、ヅカヅカと近付き いきなり腕を取ってくる。何のつもりか、 強引に何処かしらに連行していくつもりらしい。


「なっ!何をするだァーッ!」


   私の非力をあざ笑うかのような怪力ぶりで、 グイグイと身体ごと引きずって行く様相だ。場合によっては 、意固地な抵抗が身の破滅も誘引するかもしれない。ここは大人しくその身を 委ねる方が得策か・・・・など、暫時憂慮するも、ある一廓で大男はあっさり と拘束を開放し、私の身と精神は晴れて自由を取り戻した。


『hey、ここで買いな』
「あっ、どうも・・・」


   一廓に2列ほどの列ができており、先には半月型の 穴の開いた透明アクリルガラスを介して中の局員と乗客とのやり取りが行われている。 1£コインをサッと投げ込めば、黄色い切符がサッと出てくる事の流れだ。 チケットセンターである。どうも単純な男の親切心を、斜に構え捉えてしてしまったようだ。
   猛省・・・・・・ 果たして、その後、前者に倣う行動様変法で無事にチケットを 購入することができたのだ。 やや陳腐な黄色い紙符を片手にUターンすると、列の後方でまだ男が 私を待ってくれている。


『hey、どこに行きたいんだ?』
「アタバ駅っつートコなんッスけど」


   再度、同じくお節介な程に強引に 腕を取り、私を別な一廓に引導する。そこは路線毎に順々に停車駅が記載された 掲示板前。掲げられた場所は行き交う人々の 流れるような往来の中にあっても、一定の溜まりが形成されていた。


駅順



『いいか小僧、数えて7つ目の駅で降りるんだぞ!』
「あっ、はい」


   英字表記が並列してるから間違いようは無いんだがな。まあ口答え するのも面倒なので、 適当に相槌を打ってやる事にしたのだ。満足そうな笑みを浮かべ、男は反対方向 の路線を利用するのか別方向に去ってしまった。まあ、兎に角、‘a master of カイロ地下鉄 ’ にジョブチェンジ出来たのだ。ここは、素直にその意に感謝を表せねば、


「ごっつぁんです、邪鬼先輩・・・・」


   私の謝辞は届いただろうか。そんな事は知った風情ではない。 今度はアタバ駅 に無事降り立つという、新たな目的を達成しなければならない。私の旅は始まったばかり。 感傷に浸っている余裕はないのだ。
   さて、プラットホームで待っていると、ものの5分もしないうちに 列車が到着した。人口は1200万人を擁する大都市だ、カイロも東京と同じくらいの 過密な運行スケジュールを課され、また同様にラッシュ時には相応の 混雑絵巻図が繰り広げられているのだろう。 搭乗の仕方もほぼ、日本のそれと同様に変わり無いようで、到着した車両の自動扉 が水平に開くと、そのまま乗り込むというスタイルらしい。
   簡単じゃないか、手馴れた感覚で車両に足を踏み入れた瞬間、


「あっ!!!」


   今度こそ、本当に喫驚の叫びを漏らしてしまった。
つまりは内部を見渡すに、混雑は無いが乗客が全員女性なのだ。 搭乗しようとしている人間は間違いなく、私ひとりの男、しか居ないという事実で、 辺りの女性陣の冷たい目線が一斉に向けられていたのだ。入国後で最初で最後、最大級の 冷たい視線だった。異様な雰囲気に押し出されるように、咄嗟で車両から飛び出した。 幸か不幸か そのまま扉は閉まり、列車は出発して見えなくなっていった。
   女性専用車両、エジプトにもこれは存在するようである。 フェミニズムと女権拡張は、文化の成熟度合いの1つの指標にも成り得る要素 だろう。さすがはアラブを代表する第一国家だ。と、関心する反面、 エジプトというところは、痴漢が多いとされている土地でもある。 だから、この現象もその1つの社会体現なのだろう。

   その後すぐに後続列車がやって来て、今度は無事一般車両に 乗ることが出来た。15分くらい乗っていると、アタバ(Attaba)駅に到着した。




Attaba Attaba Azhar St


スーク・イル・アタバ Suuq il-Ataba



   当地も、タフリール広場同様にカイロの一大交通の要所である。 主要大道路の交差点でもあり、車の往来も激しい。 幾つもの陸橋が立体交差し、広場の脇は長距離バスの停留起点にもなっている。また、 観光の重要な経由点にも位置付けられる。 ここからなら、アズハル通りを東方向に進めば、徒歩でもイスラーム地区の 観光も可能な距離にある。何よりも低額の交通運賃、計たった2£で 市内の中心部まで来ることが出来たのは、私にも有り難いはなしだった。 通りを500mくらい直進すると、上記右掲載の 写真、ちょうど緑色の歩道橋の地点でメインストリートと 交差する。

   十字にクロスするこの通りは、ムイッズ(Muizz)通り、 と呼称され写真左、方位として北に折れるとハーン・ハリーリの土産屋から 石敷きの歩道が約1km続き、果てはカイロ三大門の2つ、フトゥーフ門 とナスル門が在る城壁まで出でることができる。
   反対の南に下れば、ガーマ・アズハルに始まり、 三大門の残り1つであるズウェーラ門を貫き、シタデルの在るアルア市方向に 至るムハンマド・アリ(Muhammad Ali)通りに収束される道筋と成る。



歩道橋上 ムイッズ通り北方向望む

アズハル通り Azhar St



   まずは北方向に折れ、2つの門を見に行こう。




Hイスラーム地区B
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