楼桑三義宮は河北省涿州市にある。昨日に観光した、
前門大街をさらに南に下ると「天橋」といわれる地区に出て、ここから
便利な長距離高速バスが運行しているという。 早速に付近をうろついてみると、それらしい停留所を発見できた。838線、 というバスナンバーだった。 乗り込むと最前席の手摺に掴まった、女性搭乗員が立っている。基本的に 中国のバスには運転手のほかに女性搭乗員が常駐しているようで、 その業務は、中長距離の観光型については 史跡の解説などを、市内の路線バス程度では乗車券の販売などを、 兼ね併せた立場になっているようだ。 前売り切符を購入するために、彼女の前まで行くと 把持していたガイド本に視線を 落とし、なにか察した感じで私に問いただした。 『アンタ、どこに行きたいんだい?』 「楼桑三義宮っつートコなんッスけど」 はなしは早い、とばかりにガイド本を渡す。頁の割り書き写真には 劉備や張飛の生き生きとした等身大人形が活劇を再現している。 日本語テキストであるが、中国人が見ても一見で楼桑三義宮への履行を 望んでいる、と勘付くだろう。その写真をみるなり、開いた本を手の内に乗せ、 もう一方の手で人差し指をポンッポンッと写真に 叩き突け 、香港映画のような滑舌のテンポ口調で叫ぶのだ。 『ロンサンサンイ~ゴン!!』 ああ、やっぱりね。楼(ロン桑(サン三(サン義(イ~宮(ゴンかい、 そうだと思った よ。発音の度に指圧の波紋が紙に響いて、ペシペシと乾いた音を立て揺れる。 中国人の会話は、身振りやジェスチャーが大きく、感情表現がとても豊かだ。 そこには一定のリズムがあり、韻があり、聞いているだけで心地く感じるくらいだ。 シート隣にチョコンと座り脇で事務処理を始め、搭乗の半券 を切ってくれた。バス券は日本同様に 停車ごとに細かく運賃が区分けされている。 『14元だ。交警大で下車すんだよ』 |
彼女は下車する停留所をノートに書いてくれた。 バス車体内部は 前面に電光掲示板の表示がなされ、停留所の地名と次停留名が示される。 これは、日本のシステムと寸分変わりは無いようだ。安心して、シートに座っていると 1,5時間くらいで付近に来たようだった。掲示板には次停留が「交警」と示している。 すると、 今度は先程まで無口を貫いていた中年運転手が、最前列の 私に紙と筆記用具を貸すように 要求してくる。 有り難いことに、 当地までの簡易地図を記して、付近の交通手段を説明してくれた。 『十字路先に、地元住民の使う細かい路線バスの停留所がある。 そこで、当地行きのバスに乗るんだ。13路か?7路だったかな? 記憶は定かでないから、直接付近の人間に聞くんだな』 |
とは、いったものの同じ漢字使用圏ではあるが、これが全く理解できてなかったのだ。 降車後、その十字路を探すと一応そこは確認できた。 未舗装の土と石が剥き出しになった道路で、原付、車、自転車、歩行者 が車線の無い道路上を好き勝手に往来している。 交通量と人々の喧騒で、付近は 凄い土煙と埃の気流が舞っていた。 朝市だろうか、通りは様々な山や海の幸が荷台に 並べられて、その脇を鶏を籠に入れた親爺が辺りを一瞥して、 涼しい顔をして通り過ぎていく。 「ああ、何だろうこのdéjà-vu(デジャブ感)」 そう、幼い日に見た16bitのアーキテクチャで構築された仮想空間、その 粗雑なドット柄でブラウン管の中を舞っていた、TVゲーム、 Chun-Li(春麗)ステージそのものだ!・・・・・あれには本当にびっくりした。 ここでは バス運転者のささやか好意を潰すことになるが、 もう面倒なのでタクシーを捕まえて、行くことに決めたのだ。 「楼桑三義宮まで行きたいんだけど?」 『アアン!?そーだな、20元でいいぞ』 中国のタクシーは ・距離毎に段階で運賃が 定額増加していくタイプ ・事前の運賃交渉をするタイプがある。 メーター型の普及は田舎に行く程に進んでおらず、交渉タイプの 運賃トラブルも乗じて多いと聞く。 大丈夫か?と一片の危惧のあったが、漢字さえ理解できない私に選択の 余地は無かった。15分くらい走ると、正門で 車は停車した。 「到着~っと」 『待ちな!リーベンの兄ちゃん』 おっと、早速のトラブル発生かぁ~!? 降車すると運転手が何か言っている。門前から 振り返り、男を見守っていると、意外にも 好し好しどれどれ、とばかりに好々爺たる表情で近付いて自身の 指先をペロリと舐め、先端を束ねられた紙重に入れ始めた。 見ると、手元の札束の様な厚みのそれは、本施設の 入場券であり、挟んだ指で一端を千切りながら、 30元だから事前に買っていきなさい。と、 言っているようだ。 「しぇ・・・謝謝」 男は満足そうな笑みを残し去っていった。目の前に正門があるのだから、 わざわざいらぬ節介というもの・・・・だが、しかし 万一偽券だったら?そう突然に気付き改悛すると、我が思慮の浅はかさ に嗟嘆の感を憶えた。 果たして本物の 入場券なのだろうか?・・・震える手で、入場口の女性に30元チケットを見せると、 拍子抜けする程の笑顔で招き入れてくれた。 『ようこそ!楼桑三義宮へ』 |
剣と盾いらぬ心配だったか、どうも単純な男の親切心を、斜に構え捉えてしてしまったようだ。 猛省・・・・・・果たして無事に入場はできたのだが、 見渡すところ不思議なことに観光客が1人も居ないのだ。 三国志といえば、中国古典の代名詞たるものだろう。日本人以上に、人民の 心をとらえて放さぬ一大長編歴史小説なはず。なのに、この 閑散はどうだ?「三国志演義」 の第一話、として後100年余りを剣と盾で活劇してきた、その浪漫を掻き立てる第一歩 「涿県」にしては余りに想定外の空きようだ。 |
まあ、いいか。空いているなら結構なはなしだ。と、 勢い増して付近を散策するのだった。 入り口から、中央に馬神殿と呼ばれる廟がある。 下記掲載写真左は的蘆だろう。左に進めば張飛廟がある。これは分かりやすい。督郵を 鞭打つ場面なども再現されている。 |
右に進めば関羽廟だ。再現人形は、赤兎馬を 盗もうとして罰をうけている男だそうだ。テンガロンハットの男は周倉だろう。 |
そして、中央に三叉殿がある。中には金色に輝く劉備像がある。 |
母屋の右に三国志演義の原点、桃園の誓い、が あった場所がある。そこにはピカピカの石碑が鎮座していた。 |
奥座は、少三叉殿、退宮殿、五候殿、が並ぶ。 |
五候殿に入ってみよう。 |
「えッえッ!?何か6人いた気がするんですけど・・・」 まあ、いっか。妙に安心の中国クオリティー。 その後、おトイレを拝借すると中国式扉無しの開放感あふれる大便器列があった。都心部よりだいぶ離れて くると、さすがに地区的には旧式のトイレが現存するようだ。 |
「ふ~楽しかった。ではさようなら」 と、1時間ほどで退園した。したはいいのだが、付近は 人の往来すら滅多に無い田舎道だった。 来た道をそのまま 引き返せば、838路線の交警大ターミナルに行けるだろう。途中で タクシーを拾えばいいさ。そんな安逸な考えで、埃っぽい田舎道を 街に向かって引き返した。 孤立幹線道路を驀進する車両はタンクローリーやダンプが主で、 たまにタクシーらしきが通り過ぎるも、 挙手で止まる気配はなかった。 どのくらい歩いただろう。兎に角、タクシーが捕まらないのだ。 こんな事なら受付事務の女性にタクシーを呼んでもらうべきだった。本当に困った。 「交警大」まで、どのくらいの距離があるのか、それとも根本的に道筋はあっているのか? そんな事まで心配に及ぶ始末で、孤立感はドンドンと増すばかりだった。 あ~、どうしよう。もしかして 北京市内に帰れないのでは? |
ポンポンポン、ポコポコポン・・・ ノー天気なエンジン音を響かせて、50ccバイクが後を通り過ぎていった。 車体とキャリーが鋳加工された構造体だ。もしかしてバイクタクシーと いわれるものかも? 剥き出しの荷台には、座布団らしきモノが敷いてあり、 まあ正規の運行業者でないのは明らかであるが、運行も兼ねた存在なのだろう、 いやそうであって欲しい。 「すいませ~ん、828路の交警大まで運んださい」 『アアン!?そーだな、8元でいいぞ』 取り合えず、出発してもらった。 15分くらいだっただろうか、ようやく見慣れた町並み を確認でき、一安心。午前に降り立った「交警大」バスターミナルに間違いなかった。男に10元札 を渡そうとすると、顰め面。 『俺、細かいの持ってねぇから、あそこで崩してきてよ』 男の指差す方向に、角屋の看板<酒店>とみえる。昼から飲酒するほど酔狂 ではないのだがな・・・まあ、いっか。店に入れば酒屋ではあるが、ミネラルウォーター やタバコ、菓子類なども置いてある。純粋に酒店でなく、中国人にとっては コンビニのような感じなのだろう。 意味も無くペットボトル水を購入し、釣り銭で運賃を渡す。 『じゃあな』 ポコポコと呑気な原付のエンジン音を響かせ、男は去っていった。 だいたい、この程度の釣り銭も持ってない奴が本当に運送業者だったのだろうか? まあ、いっか。とにかくこれで北京に帰れる。 その後、838線のバスに無事乗車することができた。 往路で操作をしっかり学んだので、復路は慣れたもんだと、バスの乗務員に 北京行きだと告げるも、即座に有無をいわさず1枚の切符が切られる。13元 |
ん!?行きは14元だったはず。 まあ、いっか。出発したバスの進行路は、 方位的にも北京行きを目指しているのだけは間違いようだ。 安心してドカリとシートに腰を落すも、しかし、明らかに途中下車になる距離で バスは停車した。 どうしたもんか? 乗務員のおばちゃんに顛末を聞きたいところだが、 午前の親切だったガイドとは打って変って、今度は突っけんどんな態度だ。 <六角>と大きく記載されたボードをこれ見よがしに突き付け、掌でパンパンと叩き、 一切を受け付けない、そんな圧力だった。席に占めていた多くの乗客も、 当たり前のようにゾロゾロと全員降車していく。 どうやら、838路系でも北京⇔涿州市に かわりないが、半区画で終了する車号もあるようで、その場合は当地<六角> というターミナルで強制的に下ろされるらしい。 「またまたトラブル発生か」 降車後、 よせばいいのに、停留所にそのまま居れば後発の同系統が最後区画まで 運んでくれるのに、そんな簡単な事にも気付く心の余裕すら無く、 そのまま北をめざし歩き始めた。 30分も歩くともうグロッキーだ。棒の様な状態になった足を引きずり、 不本意ながらも手を挙げタクシーを拾う。 歩いて帰るのには無謀すぎる距離だったのだ。 たとえ1元違いでも、1~2kmくらいの区間距離だと 自認識していた甘すぎる見解に自嘲せざるを得なかった。 「中国は広い・・・自重せねば・・・」 キキキッキキー タクシーは直ぐ止まった。行き先を告げ、車を走らせてもらう。 シフトレバーの前面には電光掲示が2、0と点滅し始めている。 メータータクシーならトラブルに発展する要素は無いだろう。 初乗りは2元で 距離毎にメーターが上がっていくのだが、見た限りは 上昇変数の数値に暴虐さの片鱗は無い。何分走っても 国内の物価の安さからすれば、酷い暴利を要求されることは無いだろう。 「ふ~、とりあえず一安心か」 ドカリとシートに腰を落とした。 そう、苦労して行った甲斐があった というものだ。朝からの顛末を回想してみる。 不慣れなバスを乗り継ぎ、様々な困難を乗り越え、三国志の故里とも呼べる、劉備の 故郷、涿県まで行ってきたんだ。帰国したら、国内の三国志フリークを自負する 友人達に声高らかに言ってやろう。自慢してやろう。 「このあいだ、三国志の故里に行っちゃってさ~」 そんな情景を独り予想するとニヤニヤが止まらない。 .....三国志演義.....フッと気付いた。まてよ? 桃園の誓いとは、羅貫中の書いた歴史‘小説’『三国志演義』の創作ではなかったか!? 吉川小説や横山漫画にも当たり前のように出てくる、くだりは 当たり前過ぎて、私にとっては真実虚無を混合させていた、その事に気付いたのだ。 さらに目を凝らしてガイド本の頁を熟読する。そのには こう書かれていた。 <この建物は文革以降の再建> 震える手でデジカメのビューモードボタンを押す。 桃園三結義と描かれた石碑を拡大すると、はっきり2001と刻印されている。 「はうあっ!! 2001年と言えばまだ、10年前ですよ・・・10年」 中国四千年の歴史において、1/400である。ああ、道理で 妙な違和感を感じたわけだ、 道理で観光客も少ないわけだ。 劉備、張飛の故郷であるには間違いないのだろうが、 不確定な史実の是非は、あのピカピカの石碑が物語っている。 いわば中国人にとってはテーマパーク的な位置付けのなのだろう、この施設は! 「そ・・・それを先に・・・それを先にいってれぼ!!」 声無き慟哭が漏れる。 こんなことなら、北京中心街からは同定距離にあたる北京原人博物館の方が 史的な価値はあったかもしれない。 こんな事を、帰国後に彼奴等‘少し五月蝿い’を自負する三国志フリーカー共 、に講釈を垂れれば、 『ほかに することはないのですか?』 など、即時に怒気を込めた諫言が返答されるのがオチなのだ。 ああ、ホームラン級の馬鹿だな、私は!中華の悠久の歴史と奥ゆかしさは、もう なんつーか相乗効果なもんで、えっと、 1+1=2じゃなくて・・・200なんだっつの!とにかく、10倍だぞ10倍 ・・・・・ もう彼等に対する、 言い訳を想定内で並べてみるが、それすら思い浮かばない。 自分でも何を言ってるかすら分から無くなってくるのだ。 何よりも苦労して半日以上の時間を掛けた、 せっかくの観光が陳腐な色彩で塗り替えらえると 思うと、歯痒さこそ100万倍だ。悔しさのあまりガンガンと、 前面ダッシュボードに額を打ち付ける悪態を晒す結果になってしまった。 『どうでもいいけど、着いたぜ。金払ってーな』 「アアン!?」 ピョッている私の意識に慄然とした声が響く。 見れば、そこは綺麗に区画整備された道路が広がり、付近にはジャージ姿の ラフな格好の若者達がみえる。自己鍛錬の為かランニングに勤しんでいるようだ。 「オリンピック公園」だった。 どうも辺りは明るいかったので 序に観光を、とドライバーでもすぐ分かるだろう当地名を 告げておいたのだ。メーターは30元くらいだったのを 憶えている。メータータクシーでトラブるはずは無い、と スルリと紙幣を渡すと、 『待ちな!リーベンの兄ちゃん』 「アアン!?」 おっと、またまたのトラブル発生かぁ~!? しかし今回だけは、今までと少し雰囲気が違う。追徴金の要求であることは確実に察することが できた。男は 私がガンガンと額を打ち付けた 前面ダッシュボードに人差し指を指して、何か言っている。 『ここやで、トントン』 見れば、黒いプラスチックボードではあるものの、 へこみや割れ等の破壊を確認することは出来ない。 非を浴びるような破壊活動に至ってはいないはずだが? 何を要求しているのだろう? 更にみると、そこにはドライバーの顔写真と 漢字の羅列文が5行ほど、もちろん意味を読み取ることは 全く出来なかったが、文末の最後の文句に、二元、と書かれているのだけは理解できた。 ん!?どうゆうことなのだろう。近年の観光誘致で徐々に メータータクシーが増えてきてはいるが、 ライセンスも取得してないような闇タクの トラブルも伴って増加してきているのだろう。 協会が、そのドライバーの素上と人物写真を車内に明示し、 安全性を謳う代わりの、掲示表記金、とでも云った‘お通し’的な 必要性付加金が要求されるという事なのだろう。 よくわからんが2元で済むならば、と追加金を渡すとあっさり降りることができた。 そこからスタジアム目指すことにした。 緑茂る広大な区画だ。 |